SSD数え落とし補正マニュアル

ver. 2001.1.23

宇留賀朋哉(JASRI)

1.    目的

   19素子Ge-SSDを高計数率条件下で使用する場合の数え落とし補正の手順を解説する。

 

   参考文献:KEK PF野村氏による検出器関係ページ

http://pfwww.kek.jp/nomura/pfxafs/detect.html

K.Zhang et al., Jpn. J. Appl. Phys. Suppl. 32-2, 147-149(1993).

 

2.    数え落とし補正の必要性

(1)   数え落としの起源

SSD素子に接続されたプリアンプは、SSD素子に入射したフォトンのエネルギーに比例した波高を持ったパルスを出力する。プリアンプに接続されたSpectroscopy AMP(以下、アンプの略)は、プリアンプからの出力パルス信号に対し、設定されたGainとShaping timeにより、波形整形を行い、フォトンエネルギーに比例した電圧を持ったパルス波高を出力する。このパルス波高を後段のMCAやSCAで計測する。プリアンプ及びアンプでの信号処理過の過程において、信号処理時間よりも短い間隔で複数の入力信号があると数え落としが生ずる。別の言い方をするとプリアンプ、アンプにはdead timeがあるといえる。数え落とされたフォトンは高計数率の場合、主にパイルアップとしてスペクトル上に現れる。

 

(2)   XAFSスペクトルへの影響

数え落としは計数率が高くなるほど比率が大きくなるため、XAFSスペクトルにおいては、エッジジャンプ量が実際よりも小さくなり、またXAFS振動も小さくなってしまう。

 

(3)   数え落とし補正が必要となるフォトン数の下限の目安

アンプのShaping time 及びGainに依存する。高計数率の測定(Shaping timeを1μsec以下に設定)の場合、各SSD 1素子に入射する全フォトン数(SCAのwindow内で計測されるフォトン数ではない)に対して、104 cps程度以上では数え落としの補正が必要である。

 

(4)   数え落とし補正が妥当なフォトン数の上限の目安

これもアンプのShaping time 及びGainに依存するが、下記で示す補正式が妥当な領域は、数え落とし率が20%程度までが安全と思われる。各SSD 1素子に入射する全フォトン数で105 cps程度である。

 

(5)   SSD計測で高計数率が必要な理由

上記のように、数え落とし補正を行うことにより、計数率を104 cpsから105 cpsまで高めることが可能となる。XAFS測定では理想的には4×106 countsが必要とされている。これは19素子SSDを使用すると105 cps×19素子×2 secで実現される。しかしながら、SSDで測定することが必要な試料は、極希薄系あるいは極薄膜系の試料であり、目的元素以外の元素からの蛍光、Thomson散乱、Compton散乱等がbackgroundとしてSSDに入射し余分に計数率を増加させてしまうため、目的元素の蛍光分は非常に少なくなってしまうケースが殆どである。従って、できるだけ高い計数率で測定することが必須となる。

 

3.    数え落としを記述する一般式

(1)  paralysable model

dead time τ中に生じたeventによりdead timeが更に伸びるとするモデル

nobs=antrueexp(-ntrueτ)

ここで、

ntrue:検出器に入射するフォトン数

nobs:検出器で計測されるフォトン数

τ:dead time

a:フォトン数と検出器の出力を関係づける定数

 

(2)  non-paralysable model

dead time τ中に生じたeventはdead timeに影響を与えないとするモデル

nobs=antrue/(1+ntrueτ)

 

(3)  中間モデル

上記2つのモデルのntrueτ<<1の場合の近似モデル

nobs=antrue(1-ntrueτ)                                                             …eq(A)

 

4.    SSD実験での数え落とし補正式

  SSDの数え落とし補正では、中間モデルeq(A)が妥当であることが示されているので、ここでも採用する。

 

(1)  プリアンプの数え落としのdead timeを求める式

プリアンプで計測されたフォトン数はアンプで計数され、CanberraアンプではICR(Input Count Rate) OUT、OrtecアンプではCRM(Count Rate Monitor) OUTからモニターできる。以下の記述では、Canberraアンプを用いたと仮定して、ICRと表記する。Ortecアンプを用いた場合ICR →CRMと読み替えること。

nI0:試料上流でI0イオンチェンバーで測定したフォトン数(/毎秒)

nICRtrue:各SSD素子への真の入射フォトン数(/毎秒)

aICR:測定機器の配置、検出効率に依存した比例定数

とすると、

nICRtrue=aICRnI0

と書ける。従って、

nICRobs:各SSD素子のプリアンプで(数え落としされた後)計測される入射フォトン数(/毎秒)

τICR:プリアンプのdead time

とすると、eq(A)を用いて、

nICRobs〜nICRtrue(1-nICRtrueτICR)

=aICRnI0(1-aICRnI0τICR)                                                                …eq(1)

となる。ICR vs I0を測定すれば、eq(1)を用いたフィッティングにより、τICRが求められる。

 

(2)  アンプの数え落としのdead timeを求める式

アンプへの入力信号数はICRの出力(nICRobs)から計数される。出力信号数は後段のSCAのwindowを測定の目的に合わせて設定した状態で、後段に接続したカウンターにより計数される。

nSCAobs:SCAのwindowで制限されたフォトン数(/毎秒)

aSCA:SCAのwindowによる制限の効果を表す比例定数

τAMP:アンプのdead time

とすると、

nSCAobs〜aSCAnICRobs(1-nICRobsτAMP)                                                                       …eq(2)

と書ける。SCA出力(カウント数) vs ICRを測定すれば、eq(2)を用いたフィッティングにより、τAMPを求められる。

 

(3)  数え落とし補正したSCA出力の求め方

nSCAtrue:プリアンプとアンプに数え落としがない場合のSCAのwindowで制限されたフォトン数(/毎秒)

とすると、

nSCAtrue=aSCAnICRtrue

と書ける。ここで、eq(1)より

nICRtrue〜{1-[1-4nICRobsτICR]1/2}/2τICR

また、eq(2)より、

aSCA〜nSCAobs [nICRobs(1-nICRobsτAMP)] -1

であるので、結局

nSCAtrue〜nSCAobs [nICRobs(1-nICRobsτAMP)] -1{1-[1-4nICRobsτICR]1/2}/2τICR

nSCAobs[1-nICRobsAMPICR)]-1                                                            …eq(3)

となる。以上より、eq(1)とeq(2)によりτICR及びτAMPを求め、実験で測定されたnSCAobsとnICRobsをeq(3)に代入しすれば、補正されたSCAの出力値nSCAtrueが求められる。

 

5.    プリアンプとアンプのdead timeを求める実験手順

(1)   実験目的の元素からなる標準試料(フォイル等)からの蛍光をSSDで検出できるよう、機器を設置する。

(2)   試料への入射フォトン数するフォトン数を数種類変えながら、下記の3つの量を測定する。

nI0:I0イオンチェンバーで計測されるフォトン数

nICRobs:各SSD素子のICRカウント数

nSCAobs:SCAで制限されたwindow内の各SSD素子のカウント数

試料への入射フォトン数の調整は、適当なabsorber(AlまたはCu)をI0イオンチェンバーの上流にセットして行う。absorberの厚さは、absorberなしの入射光強度を1として1/2、1/4、1/10、1/20、1/50、1/100程度になるよう計算により求めること。absorberなしの入射強度はICM出力が105 cps程度になるよう調整すること。スリットや分光器のdetuningでフォトン数を調整すると正確な結果が得られない(試料位置でのビームプロファイルが変化するため)。

(3)   absorberの切換は専用の回転ステージを用い、実験ハッチ外から制御できる。制御プログラムにより、absorber用回転ステージを制御しながら、nI0と全SSD素子のnICRobsとnSCAobsが一度に計測可能である。(制御ソフトのマニュアルは準備中)

(4)   Excellのファイルを用い、τICR及びτAMPを求める。(マニュアルは準備中)

 

6.    実験例

(1)   実験条件

   蓄積リング:24/29 fill、80〜90 mA

   Monochro:Si(511)、θB=15.99270 deg(E〜21.5 keV)

   Mirror: 2.5 mrad、第2ミラー集光

   配置:入射光に対し水平面内45°に試料を設置、90°方向にSSDを設置

   試料:実験(1) Moフォイル

   試料:実験(2) K2MoO4ペレット

   SSD:単素子Canberra Ge detector GL0055P

  Active area:50 mm2、Thickness:5 mm

  Pulsed Optical Reset Preamp:2008

  PUR Inhibit signal:接続しない(接続すると、ICRが動作しないため)

   Amp:Canberra Fast Spectroscopy Amp 2024

  Fine Gain:0.5

  Coarse Gain:1K

  Polarity:+

  P/Z:OR preampなので、Manualに従って、CCWいっぱいに回す。

  Shaping time:0.25 μsec

  Restorer:Auto、SYM

  PUR:UNI、ON

  Disc:beamをoffにし、ICRのbackgroundが数cpsになるように調整する。

  Gainを変えると再調整が必要。

HV:Ortec 660

  Nagtive 500 V

   SCA:Ortec

LLD:0.30〜0.50(可能であれば低パルス波高のbackgroundが数cpsになるように調整する。)

ULD:9.50

   Counter:Ortec 974

 

7.    実験結果(1)−プリアンプ、アンプのdead timeの決定

(1) 

Moフォイルのスペクトル

 



(2) 

プリアンプのdead timeの決定(ICR vs I0)

eq(1)のfittingにより、τICR=0.32 μsecと求められた。

(3) 

アンプのdead timeの決定(SCAカウント数 vs ICR)

eq(2)のfittingにより、τAMP=1.26 μsecと求められた。

 


8.    実験結果(2)−XAFSスペクトルの補正


・eq(3)を用いて、数え落とし補正を行ったK2MoO4ペレットのスペクトルを示す。

   ICRの計数率が210K cpsの場合、プリアンプとアンプの数え落としの合計は、30%程度に達するが、数え落とし補正を行うことにより、スペクトルが適正に再現されていることが分かる。

 

   注意:

エネルギー補正は行っていない。

試料が高濃度であるため、スペクトルには自己吸収等の影響がある。